2023-02-18

僕が愛してやまないカメラ

 一眼レフカメラを初めて買ったのは、社会人になって1年目、ちょうど30年前。もうとっくになくなってしまった、ある会社に勤めていたときのこと。就職したときには既に経営状況が傾きかけていたこともあって、深夜勤の時間外手当を含めてやっと、まっとうな人並みの給料になるほどの安月給だったのだけれど、同じ職場の先輩がNIkon F2のアイレベルを持ってきて、「同じのを2台持っているから買わないか」と僕たち新人に持ちかけてきた。

 その先輩が売りたかった値段は確か7~8万円くらいだったような気がする。「ロバート・キャパっていうカメラマンがベトナム戦争で使ったカメラで、自分に向かって銃弾が飛んできたんだけど、運よくこのカメラに当たったおかげで命拾いをした」というエピソードを聞かされ、そのカメラの堅牢さを耳にし「そんなカメラってあるんだ」と驚いた。持たせてもらうと、確かにずっしりとしていて「ちょっとやそっとじゃ壊れませんよ」という重厚なたたずまいだったのを覚えている。

 そのカメラは結局、同僚が買った。欲しいのはやまやまだったが、安月給のうえ、社会人1年目にして既に所帯を持っている身では、とても手にできる代物ではなかった。買った同僚からは、すこぶるいい感じのカメラで、写真を撮るのが楽しいといったようなことを聞かされていたので、なんだか失敗したような気分になっていた。

 僕は当時、単焦点のかなり安価なコンパクトカメラを使っていたのだけれど、子どもがハイハイをし始めたりでかわいい盛りだったこともあって、「子どもの写真を撮るため」という名目で奥さんを説得し、12月のボーナスでNikon F2を買う了承を取りつけた。中古のカメラ屋などを何軒も見て回り、当時住んでいた札幌の狸小路から少しはずれたところにあった質屋で程度のいいF2を見つけた。アイレベルではなく、露出計がついたF2フォトミックというモデルだった。

 人生初のボーナスが出ると、さっそく買いに行った。自分の稼ぎでこんな高いものを買うのは初めてだったので、12月の札幌は雪が降って寒々しい感じだったけれど、心はなんだかやけに踊っていた。レンズは当然高いものは買えず、Zoom-NIKKOR 43~86mm F3.5ぐらいしか手が出なかった。会社が傾きかけていたということもあり、当時のボーナスは給料1カ月分もなく確か12万円程度、この2つでボーナスがほぼ消えていったと記憶している。本当に思い切った買い物だった。

 その後は子どもや家族のスナップ写真はもちろん、運動会や家族旅行、趣味で撮っていた風景スナップなどに活躍してくれたし、ボディとレンズを合わせると1.4㎏ほどとかなりの重量になるが、テントを担いで数日かけて山を歩く縦走の際にも必ず持って行っていた。

 ピントも露出もすべてマニュアル。カメラまかせの写真は撮れない。1枚を撮る手間はかかるし、手間取ったおかげでタイミングを逃して、シャッターを押すに至らないことも少なくない。でも、その手間と時間がなんとも楽しい。「写真を撮ってる」という実感がわいてくるのだ。

 数年前にオーバーホールしてほどなく、フィルムの生産が立て続けに終了し、値段が高騰してからはほとんど使わなくなってしまったけれど、ふと思い出して手に取って構え、ファインダーをのぞき、レリーズボタンに指を置くと「写真を撮るぞ」ってスイッチが入る。

 Nikon F2 フォトミック。僕にとってはそんなカメラなのです。

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