2023-05-21

螻蛄です

 先日、庭の畑を起こしていたら、掘り起こした土の中から見慣れない虫が出てきた。オケラだ。でも、調べてみると正式名称は「ケラ」なのだそうだ。前足がギザギザがついた鎌のようになっていて、姿はなかなかかっこいい。30年近く家庭菜園をやってきて、今まで気にしなかったせいかもしれないが、おそらくお目にかかったのは初めてのような気がする。漢字では「螻蛄」と書くのだが、こちらも初めて見た。もちろん「螻蛄」の文字を見て、読みを「けら」とは答えられなかった。読むのも難しいが、書くのも難しい。

 童謡「手のひらを太陽に」に登場するので、誰もが一度は「オケラ」という言葉を耳にしているだろうし、口にしているに違いない。でもそう頻繁に見かけることもないので、謎のベールに包まれた生きものの感がある(のは僕だけだろうか…)。蛇足だが、この曲の作詞はアンパンマンの原作者、やなせたかしさん。どうりで、アニメのアンパンマンの中でよく歌われていた。その歌詞の一部が「ミミズだって オケラだって アメンボだって みんな みんな生きているんだ 友だちなんだ」。どんなに小さな虫にも命があって、同じ生き物なんだっていうメッセージだ。この場合は「いと小さきもの」の代名詞的な使われ方とでも言えばいいだろうか。

 一方で、よく使われるフレーズに「オケラになる」という表現がある。お金が全部なくなった、いわゆる「スッカラカン」の状態だ。僕の手元にある広辞苑第四版では「オケラ」について「①ケラの俗称。〈季・夏〉 ②俗に無一文のこと。『―になる』」とある。この「オケラ」の由来には諸説あるようだが、虫のケラを前から見ると両手を挙げているように見えることから、もうお手上げ、降参しますという姿に似ていることに由来するというのが有力なようだ。

 しかしながらこのケラ、前足を使って地中にもぐることはもちろん、飛ぶこともできて、泳ぐことも得意なのだそうだ。確かに、畑で見つけた個体はシャカシャカと前足を動かして、あっという間に土の中に隠れてしまう。その早業には驚いた。ほんとうに、あっという間だ。写真を撮ろうとちょっと目を離すと、どこに行ったかわからなくなってしまうほどだ。そのうえ、空も飛べて、水の中を泳ぐこともできるとはさらに驚きだ。地面にもぐれて、空も飛べて、泳ぐこともできる、三拍子そろった万能生物なのだ。

 にもかかわらず、それだけ多くの能力を持っていながら、抜きん出た格別な能力がないことから、これといった取り柄のない人のことを「オケラ」と呼ぶこともあるらしい。もぐるのはモグラ、飛ぶのは鳥、泳ぐのは魚といったように、何かに特化した技や能力がないということのようで、人間でいう「器用貧乏」といったところだろうか。確かに、僕の広辞苑には「(職人の隠語)ばか、間抜け、阿房(あほう)などの意」とある。この使い方については、僕はあまり聞いたことはないけれど、陸、水、空を制する生きものに対してまったくもって失礼な話だとしか言いようがないし、たいした能力のない僕にしてみればオケラが本当に気の毒で仕方がない、なんて思ってしまう。

 でも、オケラは人間界ではそんな言われようだということはもちろん知らないし、当然気にしているはずもないのだが、人間に嚙みついたりすることもなく、何事もなかったようにシャカシャカと土の中へと潜っていく姿が「だれが何と言おうと、僕にはそんなの関係ないもんね」と言っているようで、ただただ自分を生きているようで、なんだかとってもかわいらしく、かっこよく見えた。

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